ロザリオ:悪に立ち向かう平和の武器

1917年の5月13日から10月13日までの6回にわたって、聖母マリアはポルトガルのファティマで三人の子供達に現れました。各出現の時にロザリオを罪人の回心と世界平和の為に唱えるように勧めただけではなく、最後の10月の出現の時に自分が「ロザリオの聖母」だと明かしました。

 

教会は10月7日に「ロザリオの聖母」の記念日を祝っています。この祝いは16世紀にさかのぼります。当時のオスマントルコの海軍はキプロス島を攻撃していたけれど、最終的な目的はヨーロッパ全体の征服でした。教皇ピオ五世の呼びかけに応えて、いくつかの国の海軍は力を合わせてトルコ海軍と戦う為に出航しました。教皇ピオ五世のもう一つの呼びかけに応えて、多くのカトリック信者は救いを求めて熱心にロザリオを唱えていました。そして、強力だったトルコ海軍は、1571年10月7日に同盟国の海軍に大敗北しました。教皇様はこれはきっと聖母マリアの執り成しを通して頂いた主の恵みだと確信して、10月7日を「勝利の聖母」の記念日と定められ、同日は後継者によって「ロザリオの聖母」に名称が改められました。

 

以上の歴史を聞いたら違和感を感じる人もいるでしょう。教皇様が軍事的行動を、そしてその勝利を願う祈りを呼びかけることはあまり考えられないです。確かに違う時代でしたが、今でも教会は自己防衛戦争を認めています。でももっと共感できる話もあります。

 

第二次世界大戦の終わりにオーストリアはドイツと同じように四カ国の軍隊によって占領されました。後に東ドイツができたように、オーストリアにも共産党支配の国ができるだろうと予想されました。ソビエト軍は、一旦占領した土地から引き上げる事が決してなかったからです。しかし、パウリチク神父様は諦めませんでした。1947年に「ロザリオの十字軍」を発足して、年々増えてやがて何百人もの人々が罪人の回心、世界平和、オーストリアの自由を願って熱心にロザリオを唱えて、自分の罪も告解しました。「平和は政治家のわざではなく、神の賜物だ」と神父様は教えられ、そして平和という高貴な賜物は、熱心な、粘り強い祈りによって頂けます。実際にその通りになりました。8年後の1955年にソビエト政府はソビエト軍のオーストリアからの撤退を突然発表しました。

 

世界の人々は非常に驚きましたが、パウリチク神父様はその理由がわかりました。主なる神のみ心によってロザリオは平和を勝ち取る為の平和的な武器です。私達はどうですか。ウクライナなどで世界が平和になって欲しいと思いながら、ロザリオを手にして、その為に平和的な戦いをしていますか。