聖アンナ、私たちのために祈って下さい

どうして大船教会が聖アンナに捧げられたかということをもっと調べてみました。ご存知のように、聖アンナの名前は聖書に載っていませんが、古代教会の伝統によるものです。東方教会では聖アンナに対する信心が古くから見られますが、もう既に紀元6世紀には聖アンナに捧げられた教会が建てられていました。西方教会(ヨーロッパ)では特に中世時代からこの信心が広がりました。

 

大船教会とのつながりは17世紀まで遡ります。1623年から1625年までの間、聖アンナが北西フランスの農夫に何回か出現して、その地域の昔の住民が持っていた聖アンナの御像の埋もれた場所を教えて掘り起こさせました。御像の前で聖アンナの執り成しを願った人々にはたくさんの恵みや奇跡があったことから、聖堂が建てられた町の名前を付けて、オーレーの聖アンナという名前で早くも有名な巡礼地になりました。その頃フランスを出てカナダに渡って住み着いた開拓者は聖アンナに対する信心をもって行きました。ケベックの北東にボープレという町を造った開拓者は1658年に教会を建てて、サンタンヌ·ド·ボープレ(ボープレの聖アンナ)教会と呼びました。建て終わらないうちに癒しの奇跡があって、その後も様々な恵みや奇跡が与えられたから、北米においてフランスのオーレーのような有名な巡礼地になって、今日に至っています。1878年からレデンプトール会の司祭がボープレの聖アンナ大聖堂の司牧を担当しています。終戦後、宣教師として日本に派遣されたケベック管区のレデンプトール会の司祭は、大船で教会を造ることになった時、300年も受け継がれた聖アンナに対する信心から、この教会を聖アンナに捧げました。

 

大船教会のルーツを共有すると同時に聖アンナに対するノベナ(九日間の祈り)を提案したいです。期間は7月17日(月)から7月25日(火)までです。教会でも祝いますが、それぞれの家でも心を合わせて私たち皆の守護の聖人である聖アンナに祈ることによって「ともに祈り、ともに歩もう」になります。