復活徹夜祭 2021年4月3日

先に下記リンク先の聖書箇所を読み、黙想してから動画をご視聴いただくことをお勧めします。

 

朗読箇所のテキスト(日ごとの福音)

 

第1朗読 出エジプト記 14章15節~15章1a節

第2朗読 ローマの信徒への手紙 6章3~11節

福音朗読 マルコによる福音書 16章1~7節

 

お話の要約

夜は復活徹夜祭で、これは教会が典礼において一年中で一番大切にしている時です。全ての神秘の頂点で、神秘はそこから発しています。教会はここで感謝と賛美をささ上げます。主の不思議なわざが語られます。預言書にあるように主の思いは人間の思いをはるかに超えています。例えば第三朗読、「出エジプト記」にもあるように、あの時イスラエル人たちにとっては人間的に見れば希望はありませんでした。エジプト人が後ろに迫り、前には海。エジプト人は簡単に勝つつもりでした。丁度人間には道のないところに、主はご自分の力を示し、道を開いてくださいます。普段、海を通って歩くことなどないのに、イスラエル人は歩いて海を渡って救われたのです。

 

しかしキリストの場合は更に不思議です。敵は、問題を起しているうるさい人をとらえて殺してしまい、墓に入れ、その上に重い大きな石を置きました。墓をふさいでしまいました。人間的にはこれでおしまいのはずです。でもそこに神の不思議な力が働いて神は道のないところに道を開いてくださいました。世の初めから聞いたことのないことがおこりました。人が墓から出てきて復活したのです。死を越えたことです。

 

敵の手から救われるより、死そのものから救われるのはもっと偉大なことです。しかし教会はキリストの事ではもちろん、神を賛美し感謝しています。これは私たちの為になることでした。キリストは受難と復活によって永遠に至る道を私たちの為に開いてくださいました。私たちにはどうしようもないところ、道のないところに道を開き、ご自分が道となって下さいました。「私は道、真理、いのちである」とキリストは言われました。この主によって私たちは道を辿ることができるのです。

 

そこにはさらにもう一つの解放があります。敵からの解放は偉大ですが死からの解放は更に偉大です。しかしそれに劣らない解放、私たち自分自身からの解放があります。自分自身に捉われている、自己中心的な人間、それはまるで大きな石によって私たち自身が閉じ込められ、塞がれているようなものです。自分で自分を解放したくてもできないでいます。いくら努力してもどうしようもない。そこにも主は道のないところに道を開いて解放してくださいます。自身からの解放。私たちは解放されてもっと自由に生きるようになり、主が開いてくださった道を辿って永遠の命に至るのです。